2026 3月1日四旬節第二主日(603 02 マタイ17章01 09節 ヨハネ・リータス神父 カトリックミサ説教
Автор: nao
Загружено: 2026-02-23
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この配信は、2026年A年 3月1日四旬節第2主日のミサに合わせて、1999年2月28日 にリータス神父様によって司式されたミサにて行われた マタイ17章01-09節の朗読と、 そのお説教の内容です。本編の前に予備知識として神「ヤーベ」について、また「古代イスラエルのメシア像とメシアとしてのイエス様の存在との相違」について説明しています。
1. 福音朗読の要約(マタイによる福音書 17:1-9)
【主の変容:栄光の姿と父なる神の声】
出来事: イエスはペトロ、ヤコブ、ヨハネを連れて高い山に登られました。そこでイエスの姿が変わり、顔は太陽のように、服は光のように白く輝きました。
預言者の出現: モーセとエリヤが現れ、イエスと語り合いました。
神の証し: 光り輝く雲が彼らを覆い、雲の中から「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という父なる神の声が響きました。
励ましと沈黙: 恐れおののく弟子たちに、イエスは「起きなさい、恐れることはない」と手を触れて励まされました。山を下りる際、イエスは復活の日までこの出来事を口外しないよう命じられました。
2. リータス神父様のお説教の要約
神父様は、弟子たちの抱いた「メシア像」と、私たちが直面する「十字架(苦難)」を対比させて語られています。
弟子たちのショックと神の介入
弟子たちはイエスを「勝利の王(メシア)」と信じていましたが、イエスから「苦難と死」を予告され、大きなショックを受けていました。イエスは言葉で説得するのではなく、祈りの中で父なる神に、ご自分の正体を証ししてもらう道を選ばれました。
「光り輝く雲」の意味
山で現れた雲は、ソロモン王が神殿を捧げた際に出現した「神の栄光」と同じものです。この雲の中から響いた「これに聞け(イエスの言う通りにしなさい)」という言葉は、「イエスが選んだ苦難の道こそが、神の御心である」という証明でした。
絶したい十字架: 他人からの被害、陰口、損害など、理不尽に感じる苦しみ。
不慮の十字架: 病気や事故、家族の世話など。 これらを単なる災難としてではなく、「イエスの十字架の分け前」として受け入れるとき、私たちは初めて「イエスに聞く弟子」になれるのです。
私たちの「十字架」への問いかけ
神父様は、現代の私たちにとっての「イエスの声を聞くこと」を具体的に説かれます。
結論:苦難の先にある栄光
今の人生が「十字架の道行」のように思えても、その先には変容の山で見せた「復活の栄光」が待っています。イエスが共に歩み、私たちの十字架を運んでくださることに感謝し、未来の栄光を信じて歩みましょう。
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