「浄土に生まれたい」と願う生き方 ―あるおじいさんのお話―(ショート法話640)
Автор: YouTube仏教法話 北海道岩見沢市・幌向善光寺 ~北の寺からch~
Загружено: 2026-02-06
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北海道岩見沢市幌向 浄土宗西山禅林寺派「善光寺」 大久保瑞昭住職による短時間で聞けるショート法話です。 #仏教 #浄土宗 #西山派 #法話 #お経 #念仏 #北海道 #岩見沢 #幌向
※当・善光寺は、檀家さんより、年間、維持費として一万円、十夜法要への寄付金として五千円~をいただいております。
※当・善光寺では、いったん檀家になり、それを辞める場合でも、他の多くの寺院と同様に、「離檀料(りだんりょう)」は必要ありません。
※随時、御朱印を承っています(要予約)。
先日、ある百歳近くになられた、或るおじいさんのお葬式にお参りにうかがいました。
そのおじいさんというのは、以前、「念仏に、どっぷり、つかる。(ショート法話422)」という動画で、取り上げさせていただいたお方です。 • 念仏に、どっぷり、つかる。 ショート法話(422)
ですから、そのおじいさんは、当寺の檀家さんではありませんので、お参りと言っても、葬儀の始まる前にお伺いし、少しの間、お経をあげさせていただきました。
そのおじいさんは、以前、私が喫茶店で法話をしていた時にも、当時90近いお年だったと思いますが、毎回、聞きに来て下さいました。
そして、当寺の秋に行われる「十夜報恩会」にも、お参りして下さったのです。
もちろんそれは、そのおじいさんご自身の菩提寺さまの活動にも、熱心に参加された上で、更に、当寺の活動にも参加して下さっていたのです。
ですから、お参り以外の会合でも、そのおじいさんにお会いすると、その菩提寺さんが発行されている「寺報」を、私に渡して下さったり、ご本山にも三度、お参りしてきた、とおっしゃっていました。
そういうおじいさんでしたから、葬儀の前だったのですが、私の他にも、次から次へとお参りの方が訪れていました。
私も、読経をしてお十念を称えた後、棺のそばに、ご子息がいらっしゃいましたので、「生前は、お世話になりました」とご挨拶を申し上げ、少しお話をさせていただきました。
そうして、斎場を後にして、車に乗り込んで、「そういえば、あのおじいさんはどのような戒名が付けられたのだろうか」と思い、いただいた香典返しに付いている、会葬御礼を拝見しました。
そこに印刷されていた、そのおじいさんの戒名は、「願生院」という院号が授けられていました。
そのおじいさんは、様々な公職を任せられ、地域に貢献もされた方でした。
そして、その中で、菩提寺さんのお寺参りを重ね、近隣のお寺である当寺にもお参りして下さいました。
お寺にお参りし、まるで温泉に入るように仏法にどっぷりと浸かり、本当に、「有り難い」と思われた中でのご生涯でした。
「願生院」というお戒名の「願生」というのは、文字通り「浄土に生まれたいと願う」ということです。
それは、「この私が仏の国生まれ、仏と成ることは、なんと有り難い、勿体ないことなのか」ということです。
仏さまのお力によって、この私が仏と成っていく、それは、なんと有り難いことなのか。
まさに、そのおじいさんは、そのような「有り難い」という思いの中で、ご生涯を過ごされたのだと思います。
わたしも、そのおじいさんのような、「有り難い」という「浄土に生まれたいという願い」の中で、お念仏の道を歩んで参りたいと思います。
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