よみがえる名吟 笹川鎮江「亡友月照 十七回忌辰の作」
Автор: 日本吟剣詩舞振興会
Загружено: 2020-06-04
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伝説の名吟詠家 笹川鎮江二代会長の映像を発掘!
名吟の数々が令和の時代に蘇る
西郷南洲作「亡友月照 十七回忌辰の作」
作者:
西郷南洲(18927~1877)明治初期の政治家。
薩摩藩出身。名は隆盛。通称は吉之助。南洲は号。明治維新の指導者として活躍、新政府の最高首脳となる。征韓論を唱えて敗れ、鹿児島で私学校を開く。明治10年(1877)西南戦争を起こしたが、敗れ自殺。
解釈:
安政5年、西郷は勤皇僧月照とともに幕府の探索を逃れて江戸を離れ、薩摩に入ったが、藩は幕府を恐れて藩外に送り出すこととしたので、2人は相抱いて海に身を投じ、月照は絶命、西郷は蘇生した。それから後、維新の大業を終えた明治7年、西郷は帰国して月照の17回忌供養を営んだが、この詩はそのときの作。
通釈:
両人が約束して薩摩の海の深みに身を投じたのは後先なく一緒であった。ところがどうしたことであろうか、前の世からの因縁により、自分一人波の上に再び生き返ろうとは、まことに信じられないほど意外であった。思い返せば早くも十幾年前のことになるが、昨日のことのように生々しく思い出される。空しく幽明境を異にし、互い二度と相見れることができない。これを思うと悲しさに堪えず、墓前に額づき、思わず声を放って泣いたことであった。
笹川鎮江:
大正12年(1923)東京に生まれる。
幼少より筑前琵琶を習い、昭和6年(1931)、当時の筑前琵琶の女王豊田旭穣に師事し、雅号「旭凰」を授与される。
昭和11年吟詠の木村岳風に入門、翌年NHKオーディションを1回で通り、NHK文芸部長小野賢一郎の勧めによって吟詠主体に精進し、吟詠界のスターとなる。
戦後も笹川良一夫人として多忙な身でありながら、レコード、公演と幅広く活動し、吟詠静凰流を創始、昭和43年(1968)日本吟剣詩舞振興会の創立メンバーの一人となる。
和歌と近代詩を吟詠の素材として発掘、琵琶の節調を生かした独特の詩吟の節付けをし、主な作曲に「千曲川旅情の曲」「潮の音」(島崎藤村作詞)、「わが家の富」(徳富蘆花作詞「自然と人生」より)、「兜」(大野恵三作詞)などがある。
海外への吟詠の普及活動にも努め、欧米・東南アジア各地で公演する。
筑前琵琶の名手としても名高く、「ひめゆりの塔」「千姫の嘆き」などを作曲。
昭和56年、吟詠と琵琶の芸術的活動に対し、中華民国より文化奨章を受章。
昭和60年、財団法人日本吟剣詩舞振興会「吟剣詩舞芸術大賞」を受賞。また吟剣詩舞の振興功労により「文部大臣特別表彰状」を受賞。
平成元年、吟詠の精進並びに発展に寄与した功績により「紫綬褒章」を授与される。
平成7年、財団法人日本吟剣詩舞振興会第2代会長に就任。
平成14年3月16日逝去。
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