ASPHALT(日本語字幕) アスファルト 1929年 Joe May ヨーエ・マイ監督
Автор: Blue Dragon Jewel
Загружено: 2025-10-05
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1929年にベルリンのUFA社で制作された映画「ASPHALT(アスファルト)」に日本語字幕と音楽を入れました。
この作品はサイレント映画時代の最後を飾る傑作のうちの一つと言われており、ヨーエ・マイ監督のサイレント映画としての最後の作品です。
監督は後に多くの音楽映画を撮影されており、この映画もサイレントながら画面の構成やカメラの動きなどとても音楽的だと感じます。
監督や携わった方々はきっと音を入れたかっただろうなと思い、この映画の魅力をより感じていただけるよう音楽や効果音を入れました。
この映画は1928年10月から12月にかけてベルリン郊外のノイバーベルスベルクのUFAスタジオで撮影され、1929年3月にベルリンのウーファ・パラスト・アム・ツォー(約2100席の当時最も重要な封切館の一つ)で初上映されました。
日本での公開は1930年で、その年のキネマ旬報ベストテン・サイレント映画部門1位を獲得しています。
今観ても刺激的なベティ・アマンの魅力に、当時30歳の川端康成も心を奪われています。
彼が新聞に寄せた「アマン讃」の文章を読むと、当時の人々のときめきが伝わってきます(下に掲載)。
当時のベルリンは世界で最も自由な国を目指したワイマール共和政のもと、「黄金の20年代」と呼ばれるとても華やかな時期にあり、自由な表現主義が花開く、世界で3番目の大都市でした。
映画産業もハリウッドに並ぶスタジオが建造され、最盛期には年間600本の映画を制作し、街には360を越える映画館があったのだそう。
ベルリンには様々な分野から多くの文化人が集まり、ヨーロッパの文化の中心として輝きを放っていました。
多くの芸術文化が花開いたベルリンでは音楽も盛んで、ジャズやタンゴが流行し、ダンスホールは大小900を数えたそう。
レビューや演劇、キャバレー、バウハウスの建築なども当時の最先端の文化でした。
1929年10月に世界恐慌が起こり、時代は1933年のナチス政権へと向かっていったため、多くの文化人やユダヤ人が国外へ逃れています。
国外へ逃れた映画関係者の中にはヨーエ・マイ監督やベティ・アマン、この映画のスタッフ達も含まれていました。
この映画はベルリンの黄金の20年代の最後の輝きのひとつであり、華やかで自由なベルリンの空気が感じられる映画としても歴史的な価値の高い作品だと感じます。
時を越え、1920年代後期のベルリンと当時の映画人たちに思いを馳せてつくりました。
このフィルムの保存、修復、公開に携わられた皆様に心から感謝いたします。
より多くの方々にこの作品を楽しんでいただけたら幸いです。
【解説】
0:42 アスファルトを突き固める棒の音が、動画をYouTubeにアップロードするとなぜかノイズが出てしまうため、この動画では本来の音量よりもだいぶ絞っています。
1:06 ジャズが人気だった当時のベルリンではガーシュウィンの音楽もよく聴かれていました。1925年にガーシュウィンが作曲したピアノ協奏曲を使い、「ベルリンの街が奏でる交響曲」のイメージで音楽と効果音を入れました。
2:43 父親を演じるアルバート・シュタインリュックは、この映画の撮影終了から約2ヶ月後、舞台のリハーサル中に急逝しています。この映画が彼の最後の出演作であり、映画の公開を見ないままの他界でした。サイレント時代に活躍した俳優としての円熟した彼の演技は、この映画の中でいぶし銀の輝きを放っています。映画人生の最後を飾った作品として、登場場面には素敵な音楽をつけようと思いました。
5:48 車と人が行き交うベルリンの街並みは、当時のヨーロッパ一の巨大スタジオ・ノイバーベルスベルク・スタジオ(現在のバベルスベルク・スタジオ)に作られたセット。長回しのパンショットを可能にするため、街路を約230mにわたり再現し、10台のカメラで撮影されています。昼光を再現するために使われた2,000個のランプは、小都市並みの電力消費量を要したそう。
8:57 日本でも有名なこの曲は、1928年に大ヒットした「再び白いライラックが咲いたら」。同年にベルリンで上演されたレビュー「なんと驚いた──1000人の女」の挿入歌でした。その舞台には、このシーンで蝶ネクタイの紳士を装った泥棒として登場するハンス・アルバースが出演し、シャンデリアから水槽に飛び込む演出で話題を集めました。ここではまだ駆け出しの端役ですが、アルバースは翌年公開の映画「嘆きの天使」でのマレーネ・ディートリッヒとの共演をきっかけに、ドイツで最も人気の俳優となっていきました。
11:31 エルゼが映画の中で着ている衣装はどれも当時の最先端の流行で、上質な素材を使い、細部に至る装飾まで凝った作りになっています。後にハリウッドに渡り、2度のアカデミー賞にノミネートされたレネ・ヒューバートのデザインです。
14:38 音楽はアルノルト・シェーンベルクが20代半ばで作曲した「浄夜」から。リヒャルト・デーメルの詩から着想を得たもので、月光の下、罪を告白する女性と、その罪を許し愛を持って受け入れる男性の語らいを描いています。シェーンベルクは20代後半にベルリンに住み、文学寄席的なキャバレー・ユーバーブレットルで指揮や作曲の仕事をしていました。また後にベルリンの音楽院や芸術アカデミーにも携わっています。
46:32 「三文オペラ」は、ベルトルト・ブレヒトの戯曲で、クルト・ヴァイルが作曲を手がけた音楽劇。1928年にベルリンのシッフバウアーダム劇場の開場に合わせて初演されました。犯罪が横行するロンドンの貧民街が舞台となっているこの作品から音楽を入れました。
48:06 今も営業している1846年開業のパサージュ(屋根付きの商店街)「パサージュ・ジュフロワ」の名前が登場しています。このパサージュはショパンが自宅からプレイエル社のピアノ展示場へ通う際に頻繁に利用していたそう。その中の開業当時から営業しているホテルは、現在もホテル・ショパンの名前で営業を続けています(そして私が大好きだった映画専門店Cinédocもありました!)。
52:24 フランスでファルマン三兄弟が設立した航空事業会社、ファルマン航空社のチケット。 4 Rue Edouard VIIは本当の住所なので、本物の切符を買ってこの後の空撮場面を撮ったのかも。。古い飛行機ファンにはたまらなくロマンを感じる画面です。
52:35 バーの場面には、1920年代の華やかなベルリンの夜を感じられるよう、当時の音源を使っています。ベルリンのダンスホールでも演奏されていた曲「Huggable Kissable You」(1929年)、「My Angel(Angela Mia)」(1928年)を合わせています。
52:55 バーの女主人役のローザ・ヴァレッティは、女優の他、文学・政治的な演目を提供するキャバレーを設立しており、作家達が訪れる文化的に重要な場所の一つでした。1928年、彼女はブレヒトの「三文オペラ」の初演キャストを務めています。また翌年にはハンス・アルバースと共に映画「嘆きの天使」にも出演しています。
*
アマン讃 川端康成
恐らくこの「アスファルト」ほど公開に先だって、度々──そうだ、何十回となく試写会の催された映画はあるまい。つまり、映画界の人々や文壇の人々が、あらゆる口実を作って、この映画を見たがったのである。十回近く見たという人がある。僕も二度見たが、まだ何度でも見たい。この映画は見るばかりではなく、フィルムを自分の所有にしたくなる。友だちに一見を勧めることでは足りなくて、自分が友達を引っぱって行きたくなる。──映画の素人である僕の言葉は、以上につきている。なぜなら、僕はこの映画の媚薬のような力を、すでに十分証拠立てたのだから。
魅力──そうだ、この映画は何よりも魅力である。芸術映画として優れている点を、もっともらしく数え立てる前に、僕達は魅力に酔ってしまうのだ。密造の美酒を一人で味わっていられない気持、美しい恋人を街に連れ出したくなる気持、そのような心のときめきで僕達は人々にこの映画を見よと言わずにはいられないのだ。ベッティ・アマンを見よと。女賊エルゼに扮するベッティ・アマンの魅力に酔えと。
人々はこの映画を見終った時に、幸福な嘆息を漏らすであろう。喜ばしい悲しみにうなだれるであろう。なぜなら、彼女──女賊エルゼは、またベッティ・アマンは、余りに遥かなドイツに住んでいてどうしようもないからだ。にもかかわらず、僕達の知っている女は皆、アマンと比べると、たちまち女でなくなってしまうからだ。アメリカ映画の薄っぺらなお転婆娘達も、たちまち女でなくなってしまうからだ。──この映画ほど女性の魅力を、僕達にこと新しく感じさせてくれたものはない。女性の肉体の魅力は、映画で芸術となる。映画とは、女性の肉体の魅力を現すための芸術だ。そのようなことを思わせるほどにまで、アマンはほんとうの女である。彼女はこの映画で日本に、数知れぬ遥かなる恋人を作るであろう。
しかしながら、この映画を何度見直しても飽きないということは、もちろんアマンの魅力だけではない。優れた映画的表現があるからだ。必ずしも新奇な手法ではない。だが、映画それ自身の表現の長所を十分に生かし、そして全体が古典芸術を思わせるほど、天衣無縫に近く組立てられているものは珍しい。騒々しい、そして隙だらけなトーキーの中にあって、これは一つの珠玉である。細部への鋭い注意、とりわけ助演者達の名演技、その他、監督手法、カメラについても褒めたいことは多いが、それらのことは僕よりよく知っている人達にまかせよう。 (昭和5(1930)年2月3日 都新聞)
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ASPHALT
アスファルト
監督:ヨーエ・マイ
脚本:フレッド・マヨ、ハンス・ツェケリー、ロルフ・バンロー
撮影:ギュンター・リター
美術:エリッヒ・ケッテルフート
衣装:レネ・ヒューバート
出演:
ホルク警部 アルバート・シュタインリュック
ホルク夫人 エルゼ・ヘラー
ホルク巡査 グスタフ・フレーリッヒ
エルゼ・クラマー ベティ・アマン
ランゲン総領事 ハンス・アダルベルト・シュレットウ
他:
ハンス・アルバース、アルトゥール・デュアルテ、
パウル・ヘルビガー、トルーデ・リースケ、
カール・プラーテン、ローザ・ヴァレッティ、
ヘルマン・ヴァレンティン、クルト・ヴェスパーマン
ヨーエ・マイ 監督
エリッヒ・ポマー 製作
UFA(ウーファ) 1929年 ベルリン
Regie: Joe May
Buch: Fred Majo, Hans Székely, Rolf Vanloo
Kamera: Günther Rittau
Bauten: Erich Kettelhut
Kostüme: René Hubert
Darsteller:
Hauptwachtmeister Holk Albert Steinrück
Seine Frau Else Heller
Wachtmeister Holk, beider Sohn Gustav Fröhlich
Else Kramer Betty Amann
Konsul Langen Hans Adalbert Schlettow
Sowie:
Hans Albers, Arthur Duarte, Paul Hörbiger, Trude Lieske,
Karl Platen, Rosa Valetti, Hermann Vallentin, Curt Vespermann
Ein Joe-May Film
der Erich Pommer-Produktion
der Ufa
1929 Berlin
字幕
German: • ASPHALT(German Subtitles)1929 Joe May's fi...
English: In preparation
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