「意識のワーク」106~【「本気」とは、「神」「仏」「大いなる意識」を発現させ、そのような存在である、ということである】「本気が発現する呼吸のワーク」「ハトホルの心臓のワーク」
Автор: 気ヒーリング
Загружено: 2026-01-25
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最初は「意識のワーク」のお話しで、「ワークの実践」は15分過ぎあたりからになります。
「言葉を存在にする」
「思いを存在にする」
いわば、この「存在にする」ために、この世界があり、「内界・外界」両股に生きる我々がいるのです。
この「存在にする」ことは、自分の場合、「気の呼吸」によって行います。「気ヒーリング」の動画で最後にしている呼吸であり、この「意識のワーク」の動画でしている、「意識を使ったエネルギーの動かし方」です。
ここでは、それを「息を吹き込む」と言っています。
「言葉に、思いに、息を吹き込む」
のです。ただ、このことだけでは足りません。これは、この「息を吹き込む」ことに限りませんが、その行為に
「本気があるか、ないか」
このことで、「息を吹き込む」行為もまるで別のものになるのです。
これが、前回までの話しで、その「本気」について、ヨギの「パラマンハサ・ヨガナンダ」の話しから考えてみます。彼は、こう言っています。
・・・・・・・・・・
歩いているときは、神が自分の足を通して歩いていると思いなさい。
働いているときは、神が自分の手を通して働いていると思いなさい。
何かを成し遂げようとしているときは、神が自分の意志を通して成し遂げようとしているのだと思いなさい。
・・・・・・・・・・
本気とは、
神が自分の足を通して歩くことであり、
神が自分の手を通して働くことであり、
神が自分の意思を通して成し遂げることなのです。
この言葉には、どこか人間自身の存在が従属的なにおいがして、反感を覚える方が少なからずいらっしゃると思いますが、そうではないのです。表現には、常に時代と場所の制約がありますが、この言葉の本質は、
神仏を使う
大いなる意識を使う
ということであり、神仏も大いなる意識も我々の内にあるものなのです。
それは、わたしである
ということなのです。すなわち、
本気であるとは、神であるあり方、仏であるあり方、大いなる意識であるあり方、そのような存在である、そのように生きる、ということなのです。
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