2026.02.23 養生訓素読64 勤めと気の循環
Автор: 安心快活会
Загружено: 2026-02-22
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養生訓 素読 第六十四回:勤めと気の循環
【原文】
養生の術は、つとむべき事をよくつとめて、身をうごかし、気をめぐらすをよしとす。
つとむべき事をつとめずして、臥す事をこのみ、身をやすめ、おこたりて動かさざるは、甚だ養生に害あり。
【読み方】
やうじゃうの術(じゅつ)は、つとむべき事(こと)をよくつとめて、身(み)をうごかし、気(き)をめぐらすをよしとす。
つとむべき事(こと)をつとめずして、臥(ふ)す事(こと)をこのみ、身(み)をやすめ、おこたりて動(うご)かさざるは、甚(はなは)だ養生(やうじゃう)に害(がい)あり。
【現代語訳】
養生の方法は、なすべきことをしっかり行い、身体を動かし、気を巡らせることをよしとする。
なすべきことを行わず、横になることを好み、身体を休め、怠って動かさないのは、養生にとって甚だ害がある。
【解説】
この一節で益軒が語るのは、「つとむ」という言葉の二重の意味です。
「つとむ」には、義務を果たすという意味と、身体を動かして勤勉に働くという意味があります。
益軒はこの二つを、あえて分けていません。
なすべきことをなすという行為が、そのまま身体と気を動かす行為でもある。
そのことをこの短い一文は示しています。
まず、「気をめぐらす」という言葉に注目してみます。
東洋医学では、気は体内をめぐる生命エネルギーと考えられています。
気が滞ると、体の各部に不調が生じると考えられてきました。
そして気のめぐりをよくするために、もっとも有効とされるのが、身体を動かすことです。
益軒の時代も現代も、この観察は変わりません。
現代の生理学でも、同じことが確認されています。
身体を動かすとき、筋肉はエネルギーをつくります。
酸素が十分にある場合、細胞の中でゆっくりとエネルギーが生産されます。
しかし激しく動いたとき、酸素が追いつかなくなることがあります。
そのとき筋肉は別の方法でエネルギーをつくります。
それが乳酸発酵(にゅうさんはっこう)です。
乳酸発酵の反応式はこうです。
C₆H₁₂O₆ → 2C₃H₆O₃ + 2ATP
ぶどう糖一分子から、乳酸二分子と、わずかなエネルギーが生まれます。
乳酸はかつて「疲労物質」と呼ばれていました。
しかし近年の研究では、乳酸は疲労の原因ではなく、エネルギー源として再利用されることがわかっています。
筋肉や肝臓が乳酸を取り込み、再びエネルギーに変える。
身体はこのようにして、動くことを支えています。
動くことを繰り返すと、身体には別の変化も起きます。
脳の奥にある小脳(しょうのう)という部分が、動きのパターンを学習するのです。
小脳は運動記憶を担う部位です。
最初はぎこちない動きも、繰り返すうちに滑らかになります。
これを運動学習と呼びます。
つとめることを続けると、身体そのものが変化していく。
益軒の言う「よくつとめる」には、このような身体の成長が含まれています。
動いた後には、エンドルフィンという物質が脳から分泌されます。
エンドルフィンは、達成感や爽快感をもたらすホルモンです。
つとめることをやり遂げたとき、人は自然とこの感覚を得ます。
これは、勤勉さが喜びと結びついていることを示しています。
義務をこなすことが、快楽とは別の充実感を生む。
その仕組みが、身体の中に備わっているのです。
西洋哲学でも、「なすべきことをなす」という問いは深く考えられてきました。
ドイツの哲学者カントは、義務(ぎむ)という概念を中心に置きました。
カントによれば、人は傾向や欲望に従うだけでなく、理性が命じることに従う能力を持っています。
「つとむべき事をつとめる」という行為は、この意味での義務の実践です。
快いからするのではなく、なすべきだからする。
この姿勢がカントの言う自律(じりつ)です。
益軒の言う養生の術は、この自律という実践とよく重なります。
一方で、怠惰(たいだ)の害について益軒は「甚だ」という言葉を使っています。
「甚だ」は非常に強い言い方です。
単に効果がないと言うのではなく、害があると断言しています。
現代の研究でも、長時間の座位(ざい)は血流の停滞を招き、代謝(たいしゃ)機能を低下させると報告されています。
動かないことは、中立ではありません。
プラスでもなく、マイナスなのです。
益軒はこの点を、三百年以上前に見抜いていました。
つとむべきことをつとめ、身を動かし、気を巡らせる。
この三つは、益軒の中で一つの連鎖です。
義務を果たす行為が、身体を動かし、気の流れをつくる。
その循環の中に、養生の核心がある。
益軒がこの一節で示しているのは、勤勉さと健康が別のものではないという観察です。
【まとめ】
なすべきことをなすという行為は、身体を動かし気を巡らせる行為と一体である。
乳酸発酵や運動学習に見られるように、身体は動くことを通じて適応と成長を続ける。
カントの義務論が示すように、傾向ではなく理性によってなすことが、自律の実践となる。
動かないことは中立ではなく、益軒はそれを「甚だ害あり」と断言した。
【参考文献】
貝原益軒. (1713). 養生訓. 岩波書店(1961年復刻版). 江戸時代の養生思想を体系化した古典的健康哲学書。
石田秀実. (1992). 気・流れる身体. 平河出版社. 東洋医学における気の概念と身体観を解説する。
カント, I.(1785). 道徳形而上学の基礎づけ. 岩波書店(1976年訳). 義務と自律の概念を中心とした倫理学の根幹となる著作。
Brooks, G. A. (2018). The science and translation of lactate shuttle theory. Cell Metabolism, 27(4), 757-785. 乳酸が疲労物質ではなくエネルギー源として再利用される仕組みを解明した論文。
Wolpert, D. M., & Kawato, M. (1998). Multiple paired forward and inverse models for motor control. Neural Networks, 11(7-8), 1317-1329. 小脳による運動学習と運動制御のモデルを提案した研究。
Biswas, A. et al. (2015). Sedentary time and its association with risk for disease incidence, mortality, and hospitalization in adults. Annals of Internal Medicine, 162(2), 123-132. 座位時間の長さが死亡リスクや疾患と関連することを示した疫学研究。
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