カンマンボロン・瑞牆山|刻まれた梵字をめぐる、小さな断念と、大きな祝福の道。
Автор: ぼっち登山日和
Загружено: 2025-12-08
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瑞牆山の南面に張りつくようにそびえる巨大な花崗岩──カンマンボロン。
梵字が刻まれたように見えるその岩壁は、長い時間をまともに受け続けてきたかのように、どこか静かな気配と、確かな重みをまとっておりました。
その前に立ったとき、岩は言葉を発しないにもかかわらず、心の内側に響きかけてくるものがありました。
「刻まれた文字なのか、自然がつくった模様なのか」。
その議論がどうであれ、そこには“人が祈った痕跡”のような気配が、確かに感じられるのです。
風化と信仰と、岩そのものの記憶が、ゆっくりと重なり合っている場所だと感じました。
天鳥川沿いのバリエーションルートは、踏み跡も細く、ピンクテープを探しながらの歩きとなりました。
それでも一歩進むごとに、川音や倒木の影、苔の湿りが、少しずつ日常から離れた場所へと導いてくれます。
そして、岩稜帯を抜け、登り込むと、突然巨大な岩壁が姿を現します。
あまりにも静かでありながら、荒々しい存在感。
カンマンボロンを見た後、さらに歩みを進めましたが、
実はその後、瑞牆山荘からの一般道と交わる直前の小ピークで、私は歩みを止めました。
余裕があれば、山頂へ抜けるつもりだった計画を、そっと胸にしまい込み、
「今日はここまででいい」と思えたのです。
ピークハントを達成しないことは、ときに敗北のように語られることもありますが、実際にはそうではありません。
登山を長くやっていくにつれ、そのときの自分の身体と心がどこまで進むべきかを教えてくれる、とても静かな対話のようなものだと感じられるようになってきました。
樹林帯の中の、あの小ピークで味わったのは、むしろ清々しさでした。
ところが帰り道で、思いがけないアクシデント──岩に頭をぶつけるという出来事がありました。
しかし、どれほどドMなんでしょう(笑)
不思議とその痛みさえ「この山の一部を、身体で受け取ったようなものだった」と思えてしまうのです。
そして動画を編集していると、浮かんでくる感情はただひとつ。
やっぱり、素晴らしい山だった!
瑞牆山は、ただの岩山ではありません。
人の祈りの名残と、風が削り続けてきた自然の造形と、歩く者それぞれの小さな決断や躊躇、喜びが、ひとつに溶け合って存在している場所です。
カンマンボロンの梵字が何であれ、その“判然としない曖昧さ”さえ、この山の魅力の一部なのだと思います。
次にまた同じ場所を訪れたとき、私はどんなふうに岩壁を見上げるのでしょうか。
きっと今日とは違う自分が、そこに立つのだろうと思います。
山は変わらないように見えて、見る側はいつも少しずつ変化していきます。
その変化を静かに受け止めてくれる場所──
カンマンボロンは、私にとってまさにそんな岩壁でした。
撮影日:2025年11月15日(土)
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