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【完全版】曽我ひとみさん証言 横田めぐみさんと交わした会話と安否不明の母への想い【サンデーステーション】(2024年6月25日)

Автор: ANNnewsCH

Загружено: 2024-06-25

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Описание: 日本と北朝鮮が5月、秘密裏に接触したと報じられましたが、拉致問題に進展はあるのでしょうか。今回、拉致被害者の曽我ひとみさんが取材に応じ、「横田めぐみさんは絶対に生きている」と証言しました。

※この動画は2024年6月16日に「サンデーステーション」で放送した企画の未公開部分を含む完全バージョンです。

■横田めぐみさんと交わした“忘れられない会話”

若い人に拉致問題を知ってほしいと、地元の小学校や中学校で講演を行っている曽我ひとみさん。

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「ここに映っているのは誰でしょうか?分かる人」

児童
「曽我ひとみさん」

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「じゃあ私はどちらでしょう?」

児童
「赤ちゃん」

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「そうです、その通りです。よくわかりましたね、ありがとう」

今まで以上に救出活動に力を入れたいと、4月から市の拉致被害者対策係で勤務しています。

ふるさと「うさぎ追いしかの山~」

1978年、准看護士として働いていた19歳のときに拉致されたひとみさん。
実は、北朝鮮で一緒に暮らした横田めぐみさんと「ふるさと」を歌っていたといいます。

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「人気のない山の方にちょっと散歩に出かけたりすることもたまにありまして、大きな声だとやっぱり指導員にバレてしまうので小さい声ですけど」

Q.切ないですね
「切ないですね本当に。家族にも会いたいですしね、このままずっとここなのかとか、どうしたら日本に帰れるんだろうねって」

拉致された翌日、北朝鮮の港に到着したひとみさん。その数日後です。移動させられた平壌の招待所にめぐみさんがいました。

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「玄関先で私を迎えてくれまして、私の妹と年齢が同じくらいなので本当にかわいいなって思いながらも、どうしてこんなかわいい子がこんなところに1人でいるんだろうという疑問がすごく大きかったのを覚えてます」

その日の夜、2人はこっそり日本語でこんな会話を交わしたといいます。

(2人の会話)
めぐみさん「その膝のケガどうしたの?」
ひとみさん「家の近くで男の人に捕まって無理やり連れて来られたの」
めぐみさん「実は私も…家の近くの曲がり角で後ろから襲われたの」
ひとみさん「2人とも同じだね」

ひとみさんの9カ月ほど前、同じ新潟から部活の帰り道に13歳で拉致されためぐみさん。

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「めぐみさんはすごく絵を描くのがすごく上手だったので、私の手を写生してくれたりしてとっても上手だったんです」「勉強もすごくできて、私がたくさん朝鮮語を教えてもらいました。もちろん年下ですけども」

その後、2人の教育係として現れたのが、地村さん夫妻や原敕晁さんを拉致した疑いで国際手配されている辛光洙(シン・ガンス)容疑者。「義務教育は習わないとな」と言って、めぐみさんに日本語で数学と理科を教えていたといいます。

ある日、辛容疑者はひとみさんに小さな声で…

(辛光洙容疑者)
「横田めぐみを拉致したのは自分だ」

19歳と13歳…
姉妹のように支えあいながら8カ月ほど一緒に暮らしましたが、別れが訪れます。
めぐみさんは拉致された時に持っていた赤いバッグをひとみさんに手渡しました。

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「『私だと思って持っていって』って言ってくれまして本当にすごく嬉しかったんですけど、ここでお別れしなきゃいけないという悲しい気持ちもありましたし」「(別れた後)月に何回か買い物に出かけるんですけど、その度にずっとこの赤いバッグも一緒に持っていきまして、『あっ私のバッグずっと使ってくれているんだな』って、もしかしたら(めぐみさんの)目に留まることがあるかもしれないかなと思いながら」

めぐみさんと別れた後、ひとみさんは北朝鮮当局の意向で引き合わされた元アメリカ兵のジェンキンスさんと結婚します。
当時北朝鮮に亡命していた元アメリカ兵はジェンキンスさんら4人。
それぞれの妻は、タイ人、レバノン人、ルーマニア人の拉致被害者で同じアパートで暮らしました。

ひとみさんは当時、めぐみさん以外の日本人拉致被害者も目撃しています。
1978年に鹿児島県から拉致された増元るみ子さん。

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「北朝鮮に行ってしばらくしてから、革命の英雄たちを祀っているお墓がありまして、そこを見に行った時にちょっと遠めですけども、増元さんにお会いしました。見かけました」

1980年代前半にヨーロッパから拉致された有本恵子さんと石岡亨さんとみられる夫婦も…

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「(1986年ごろ)楽園百貨店でちょっとだけお見かけしたんですけど、(レバノン人拉致被害者の)シハームさんがちょっと知り合いだったみたいで、英語で話しているので」

ジェンキンスさんによれば、レバノン人拉致被害者のシハームさんは有本恵子さんとみられる日本人女性と同じ産科病棟に入院していて、恵子さんとみられる女性は男の子を出産したといいます。

ひとみさんも2人の女の子を出産。
家族との絆を支えに、厳しい北朝鮮での生活を乗り越えました。

2人は祖国を忘れないため、寝る前には必ず、お互いの母国語で挨拶していたといいます。
ジェンキンスさんは日本語で…ひとみさんは英語で…

一方、横田めぐみさんも、ひとみさんと別れたあと韓国人拉致被害者と結婚し、ウンギョンさんを産みました。

北朝鮮で新しい家族を持った2人。しかし2002年、その運命が大きく分かれます。

【日朝首脳会談2002年9月】
北朝鮮がひとみさんら5人は「生存」、めぐみさんら8人は「死亡」と発表したのです。

横田滋さん
「良い結果が出るということを楽しみにしていました。しかし結果は…死亡という…残念なものでした」

横田早紀江さん
「絶対にこの何もない、いつ死んだかどうかさえ分からないような、そんなことを信じることはできません」

北朝鮮に家族を残して帰国したひとみさん。
「一時帰国」のつもりだったため、あの赤いバッグを持ち帰ることはできませんでした。

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「日本に帰るんだったら絶対めぐみさんもいるよねって私はそう思い込んでいまして、でもまあ行ったらいなかった。自分の指導員には(めぐみさんも帰れるか)聞いたんですけど、その人は『わからない』と」

空港にいたのは、めぐみさんの娘のウンギョンさんでした。
その面影から、ひと目でめぐみさんの娘だと分かり、思わず抱きしめたといいます。

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「『お母さんは?』って聞いたんですけど、『いるよ』っていうような話をしてまして、お互い、特に私はそうだったんですけど、すぐにもう涙が止まらなくて」

Q.生きているニュアンスで言っていた?

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「そうですね」

Q.そこにはいないわけですから「別の場所にいるよ」というような「いるよ」ですよね

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「私はそう感じましたけど」

ウンギョンさんはその後「お母さんは死にました」とも発言していますが、ひとみさんは最初のやり取りなどから、めぐみさんは「絶対に生きている」と確信しているといいます。

ひとみさんには、めぐみさんと交わした忘れられない会話があります。

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「めぐみさんは『私のお母さんはいつも香水の匂いがしていて、 いい匂いだったんだ』とか、『私には双子の弟がいてとってもかわいいんだよ、わたし大好きなんだ』って話をしたりとか、うちとは違うなってすぐに思っちゃって。私の母はやっぱり仕事柄、油まみれで仕事をしているので帰ってきても油の匂いしかしていなかったので」

■安否不明の母・ミヨシさんとセーターの思い出

1978年、ひとみさんと近所の商店に買い物に出かけ、一緒に3人の男に襲われた母親のミヨシさん。それ以来、消息が途絶えているのです。

オートバイによる交通事故で怪我をした父・茂さんに代わって家計を支えた母・ミヨシさん。

朝から農作業をして、昼は工場で油まみれになって働き、夜中まで内職をする―
そんな働き者の母だったといいます。

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「たぶん小学校の5、6年生くらいだったかなといま記憶しているんですけど、友達がすごく学校で新しいセーターを着てきて、羨ましいなってすごく思って。お母さんが隠してあったお金を勝手に持ち出しまして」

ひとみさんはこの時買ったセーターを、今でも大切に保管しています。

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「その時ばかりは母親がなぜか怒らなくて。『ひとみが1人で買うてきたんだな』って、『自分が買ってあげられないから、かんねんな』と言うんですけど、ごめんなさいって、母親の方が謝ってきて」「母親も泣いているし、私もその母親の顔を見て私も一緒に泣いて」

去年、ひとみさんが高校3年生の時に書いた作文が見つかりました。
タイトルは「母」―。

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「働き者の母、涙もろい母、ドジな母。でも私はこんな母が誰よりも大好きです」

Q.すごいお母さん子というかお母さん大好き?

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「大好きです」

一緒に拉致されたはずの母・ミヨシさんは、いったい、どこに行ってしまったのか?

袋づめにされた状態で船に乗せられたとき、ひとみさんは“何者かの話し声”を聞いています。

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「話をしている言葉ひとつひとつは聞き取れなかったんですけど、たどたどしい日本語を女の人が話していまして、それを誰に話をしているかっていうのは、私自身も分からなかったんですけど」

Q.ひとみさんを最初から狙って拉致したのか?

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「難しいところですね、私自身も最初から計画性があって私を狙っていたのか、それともたまたまいたから拉致をしたのか、その辺のところって私自身もはっきりわからないところで」

北朝鮮に着いた直後、拉致の実行犯とみられる女工作員キム・ミョンスク容疑者はひとみさんにこう語っています。

(キム・ミョンスク容疑者)
「お母さんは佐渡に帰した。元気で暮らしているから心配しなくていい」

北朝鮮で辛いときに支えてくれたのは、母親に買ってもらった「腕時計」でした。

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「ずっと時計が母代わりというか、時計にいろんなことを愚痴を言ったり励ましてもらったり」「時計に向かって怒ったり泣いたりしてました」

日本に帰ればお母さんに会える―。
そう信じていましたが、帰国直前、初めて日本にいないことを知らされます。

拉致被害者 曽我ひとみさん(65)
「(日本政府調査団に)面会した時にはっきりと言われました。日本にはお父さんと妹さんしかいませんと。いや、すごくショックだったし何が何だか…」

【5人の拉致被害者帰国 2002年10月】
24年ぶりに帰国した日本に、一番会いたかった母・ミヨシさんの姿はありませんでした。
・・・記事の続き、その他のニュースはコチラから!
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp

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