篠路の歴史【前編】篠路はなぜ北区の中心地にならなかったのか?
Автор: ブラサトルチャンネル
Загружено: 2024-05-10
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篠路の地名の由来や、明治期の開拓の立役者早山清太郎らの功績、篠路が札幌市の中心部とならなかった理由など、札幌市北区篠路地区の歴史について、ブラサトルチャンネル最年少ゲスト、小学3年生のケイタくんが和田哲に聞きました!
後編こちら! → 篠路の歴史【後編】篠路と藍染め・歌舞伎の意外な関係とは?
• 篠路の歴史【後編】篠路と藍染め・歌舞伎の意外な関係とは?
■動画で紹介した本
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■目次
0:00 オープニング
2:18 篠路はなぜ北区の中心部にならなかったのか?
3:30 篠路の地名の由来
7:10 地名「篠路」起源の難しさ
10:35 篠路の発展と歴史
15:37 篠路が中心都市にならなかった理由
17:02 篠路区にならなかった北区
17:35 札幌市の区の歴史
20:01 町名に区にならなかった理由
22:25 なぜ篠路区にならなかったのか?
■話し手 : 和田哲( / satoru_wada )
■撮影・編集 : 赤沼俊幸( / toshiyuki83 )
■サムネイル制作 : あおたしづ ( https://aotanote.com)
地元・北海道を愛するイラストレーター
■動画の内容 :
和田哲が、小学3年生のゲスト奥村ケイタくんを迎えて札幌市北区篠路地区の歴史について解説します。
篠路の地名の由来は諸説ありますが定かではなく、江戸時代にアイヌとの交易の場となった「イシカリ十三場所」の一つとされています。明治期に入り、早山清太郎らが篠路村の開拓を進めた功績などが紹介されます。
一方、明治期に入って札幌の都市計画が始まると、洪水の危険が少ない内陸部に中心部が定められたため、篠路は札幌の中心とはならなかった経緯が説明されます。
昭和47年に35万都市の政令指定都市となった札幌市で行政区が設けられた際、旧篠路村は北区に組み込まれました。区名を巡っては旧町名を冠することも検討されましたが、旧町村の枠を超えた区割りとなったため、方角名の「北区」に落ち着いたいきさつなどが語られます。
そのほか、合併前の札幌の町村の区割りと現在の区割りの違いや、昭和期の市電の移り変わりが人口分布に与えた影響など、札幌の歴史の転換点について細かく解説されています。
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