バイブル・エッセイ 1240「『天の国』の希望」(聖書朗読とミサ説教:片柳弘史神父)
Автор: 片柳神父のチャンネル「道の途中で」
Загружено: 2026-01-21
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00:00 聖書朗読
01:15 説教
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「悔い改めよ。天の国は近づいた」という、イエスの福音宣教の第一声が読まれました。「悔い改めよ」というちょっと厳しい言葉から始まりますが、何より大切なのは、「天の国は近づいた」という部分です。「あなたたちが待ち焦がれていた『天の国』。飢餓や戦争、病気や死による苦しみから解放され、神の愛に満たされて生きる『天の国』が、ついにやってくる」、そう告げられた人々は、大いに喜んだことでしょう。そして、「『天の国』がやって来るなら、こんな生活は続けるべきでない。『天の国』に生きる神の子としてふさわしい生活を始めよう」と思ったに違いません。人々の心に大きな希望の光を灯すことによって、人々を悔い改めに導いた救い主、それがイエス・キリストだったのです。
「暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が射し込んだ」とイザヤ書は記していますが、「大きな光」とは、キリストによってもたらされた「天の国」の希望だと言ってよいでしょう。「暗闇に住む民」「死の陰の地に住む者」と言われていますが、当時の人々が置かれていた状況を考えるとき、これは決して誇張した表現ではないと思います。農業が発達していないこの時代には、天候不順があればすぐ飢えが待っていましたし、医学がまだ発達していないこの時代、人々は、いまなら簡単に治る病気でも命を落としていきました。他民族の襲来や戦争も頻繁に起こりました。人々が、いつも死と隣り合わせで生きていた時代。生きる希望を見つけ出すのが、とても難しい時代だったと言ってよいでしょう。まさに、人々は「暗闇」「死の陰の地」に住んでいたのです。
そのような人々に、イエスは、この世界がすべてではない。飢餓や戦争、病気や死による苦しみから解放されて、永遠の命を生きる「天の国」は必ずある。それどころか、いままさに実現しようとしていると告げ知らせました。これはまさに、「大きな光」と言ってよいでしょう。イエスの言葉を聞いた人々の心に、「天の国」への大きな希望の光がともされたのです。この光が灯ったとき、「どうせ、どこにも希望なんかないんだ」と思って自暴自棄になり、目先の快楽や自分の利益だけを考えて生きた人たちは、自分の生き方を見直さずにいられなくなりました。「『天の国』がやって来るなら、こんなことをしている場合ではない。神の子としてふさわしい心で、互いに助け合って生きていこう」、そう思って、まったく新しい生活を始めずにいられなくなったのです。それが、イエスのもたらした「悔い改め」でした。
生きることに希望を見出せない状況は、現代にも別の形で存在します。戦争や経済状況の悪化、病気や死によって希望が見いだせない状況は、現代にもあるのです。「悔い改めよ。天の国は近づいた」というイエスの言葉は、わたしたちにもそのまま当てはまる言葉だと言ってよいでしょう。「天の国は必ずある。それどころか、天の国の希望を持ち、互いに愛しあって生きる人々がいるところで、天の国はもう始まっている」、そのことを忘れないようにしたいと思います。大きな希望の光に照らされて、生活を改めることができるよう、共に祈りましょう。
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