新証拠で矛盾点…42年前の殺人事件“再審開始”へ 無期服役中の“死後再審”は戦後初【報道ステーション】(2026年2月25日)
Автор: ANNnewsCH
Загружено: 2026-02-25
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42年前の殺人事件で、最高裁が再審の開始を認める決定を出しました。今後、開かれる再審公判で無罪が言い渡される公算が大きくなりました。弁護団によると、無期懲役で服役中に死亡した人の再審公判が開かれるのは戦後初です。
■遺族は「心半ばにして無念の死」
再審法改正を求める集会に参加する中、阪原弘次さん(64)のスマートフォンに届いた朗報。父親・弘さんの再審が開始されることになりました。
阪原弘さんの長男 弘次さん
「検察の特別抗告が棄却されました。本当にありがとうございました。私の父は心半ばにして無念の死に亡くなってしまいましたが、こんなことは二度と起こしてはいけない」
1984年、滋賀県日野町で、当時69歳の酒店経営の女性が殺害され、金庫が奪われた事件。3年後、滋賀県警に逮捕されたのが、店の常連だった阪原弘さんです。その後の裁判では、逮捕前の取り調べで、弘さんが犯行を自供したことなどを理由に無期懲役の判決が言い渡され、2000年に最高裁で刑が確定しました。しかし、起訴直後、弘さんは当時の弁護士にこう話していました。
阪原弘さん(1988年4月 弁護士接見時の音声)
「わしも娘がかわいいので。それまでなんぼ拷問受けても死なへんさかいにと思いましたが、娘のこと言われた時には、もうそれに応じなしょうがないなと」
警察から「娘の嫁ぎ先に行って、おれんようにしたる」などと脅され、自白を強要されたと話しました。弘さんは判決から1年後の2001年に再審を請求。しかし、その後、病に侵され入院しました。
阪原弘さん(2000年6月)
「何年、何十年でしょうか。犯人扱いされて、なんでこんなことするんでしょうね。私は悔しくてなりませんね」
「冤罪だ」という思いを抱えたまま、2011年に75歳で病死しました。
■新証拠の開示で矛盾点
翌年、遺族が改めて再審を請求。弁護団は、新たな証拠の開示を求めました。当時、遺体発見現場などを弘さんに案内させる、いわゆる“引き当て捜査”が行われました。弁護団が求めたのは、その様子を撮影したネガフィルムでした。
石側亮太弁護士
「もっと早くに問題のネガが、第1次再審の時に開示されていれば、我々はこの会見を阪原弘さんと一緒にできたはずだし、本人と共に喜べなかった悔しさの方が勝っている」
その写真について、裁判所は「捜査官による誘導の可能性を含め、任意に行われたか、疑問を差し込む余地が生まれた」と指摘。その他にも、証拠から複数の矛盾点が見つかり、2018年に大津地裁、2023年に大阪高裁が再審を認めました。検察側は特別抗告していましたが、最高裁はこれを退け、再審が開始されることになりました。
阪原弘さんの長男 弘次さん
「20人を超える子ども・孫・ひ孫・玄孫も生まれました。囲まれていたら、おそらく(父は)泣いて喜ぶだろうなと」
阪原弘さんの長女 美和子さん(62)
「決定文を受け取って、手を震わせながら開けてみたら『棄却する』の文字が見えて。母にすぐ伝えたら、決定文を一生懸命1人で読みながら『良かった良かった』と繰り返して『自分も生きていて良かった』とつぶやいた」
新たな証拠となったネガフィルムですが、なぜ開示まで時間がかかったのでしょうか。
石側亮太弁護士
「きちんと十分な証拠開示ができるシステムが整っていれば“日野町事件”はもっと早く再審公判にたどりつけたはず」
検察は当初「新たな証拠発見のために証拠開示を命じることは、法律で許容されていない」として、開示を拒んでいましたが、弁護団の度重なる要請を受け、裁判長が開示を促した結果、初めて実現しました。
石側亮太弁護士
「この事件だけでなくて、制度全体に不正義がある」
■長期化を問題視 制度見直しへ
遺族の再審請求から14年。今、再審制度の見直しが進んでいます。法務大臣の諮問機関である法制審議会は、今月12日に要綱を平口法務大臣に答申。裁判所の判断で検察に証拠開示を命じる制度などが新設されましたが、再審開始決定に対する検察の不服申し立ての禁止は採用されていません。
2024年、裁判所に再審請求が受理された人は362人に上ります。
[テレ朝NEWS] https://news.tv-asahi.co.jp
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