LO-FI JAZZ 1 // Sci Fi / Mngmt No.695
Автор: Lofi Music Shower
Загружено: 2026-01-30
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無機質な電子音が、あたしの脳みそを直接、ガンガン殴りつけてくる。
視界の端っこに浮かぶ真っ赤な警告表示。
あたしは思わず、接続されたコンソールを思いっきりぶん殴りたくなった。
まあ、今のあたしはフルダイブ型の記憶処理ポッドの中に横たわっているから、実際に殴ったら自分の手じゃなくて、数億円の機材とあたしの治療費が吹っ飛ぶだけなんだけど。
『どういうこと? 契約と違うじゃない』
意識だけで、担当のAIに毒づく。
あたしは高い金を払ったのよ。
なけなしのボーナスをはたいて、この忌々しい記憶とおさらばするためにここに来たんだから。
『当該記憶データは、保存優先度が「SSSランク」に設定されています』
AIの返答は、相変わらず人を小馬鹿にしたみたいに冷静だ。
『ユーザーの生存に関わる重大な危機情報として、扁桃体が強力なプロテクトを掛けています。強制削除は、自我(エゴ)の崩壊リスクを伴います』
はあ?
生存に関わる?
あれが?
たかだか、三日前の夜に、あの大勢のパーティ会場で、元彼とその新しい恋人の前で派手に転んで、ドレスに赤ワインをぶちまけて、ついでに鼻水まで垂らして泣きわめいた、あの大失態が?
あれを忘れたら、あたしは死ぬわけ?
『死ぬ可能性があります』
AIが即答する。
まるで、あたしの思考を0・1秒で先読みしたみたいに。
『生物学的な観点から説明しましょう。ユーザー、あなたは今、猛烈に自分を恥じていますね? その感情こそが、脳にとっては「猛獣」なのです』
あたしの脳味噌の中にある、アーモンドみたいな形をした小さな部位。
扁桃体。
こいつが今、あたしの中でサイレンを鳴らし続けているらしい。
ウーウー、カンカン、大変だ、緊急事態だ、命に関わるぞ!
……ってね。
『いいですか。あなたの脳は、あなたを「幸せ」にするためになんて設計されていません。脳の至上命令はただ一つ。あなたを「生き延びさせる」こと。それだけです』
視界に、妙にリアルな太古のサバンナの映像がオーバーレイされる。
草むらがガサガサと揺れる。
一人の原始人が、そこへ近づく。
ガブリ。
飛び出した毒蛇に噛まれて、原始人は死ぬ。
別の原始人は、その光景を見て恐怖し、逃げ出す。
『楽しかった記憶、たとえば昨日のランチが美味しかったとか、そんな情報は忘れても死にません。でも、「あそこに行ったら蛇がいた」という情報は、忘れたら次こそ死ぬかもしれない。だから脳は、ネガティブな情報ほど優先的に、鮮明に、絶対に消えないように高画質保存するのです』
「ネガティブ・バイアス」ってやつだ。
知ってるわよ、それくらい。
でもね、ここは現代の都市なの。
毒蛇もいなければ、ライオンもいない。
いるのは、冷笑的な元彼と、マウントを取ってくる同僚と、皮肉屋のAIだけ。
『現代社会において、社会的な死――つまり「恥」や「疎外」は、原始時代における「群れからの追放」と同義です。群れから追放されれば、単独では生きられないヒトは死ぬ。だから扁桃体は、あなたがワインをぶちまけた瞬間の映像に「これはライオンに襲われたのと同じレベルの危機だ!」とタグ付けを行い、海馬に命令して強力なブーストをかけました』
おかげで、あたしの頭の中には、あの瞬間の映像が4K……いや、8K解像度でこびりついている。
グラスが傾くスローモーション。
元彼の驚いた顔。
新しい女の、口元を隠しながら浮かべた嘲笑。
床に広がる赤ワインの匂い。
周囲のざわめき。
自分の心臓の音。
それらが全部、文脈のない「生のデータ」として、バラバラの破片のまま突き刺さっている。
ワインの匂いを嗅ぐたびに。
似たような音楽を聴くたびに。
あたしの脳は「緊急避難アラーム」を誤作動させて、あの瞬間の屈辱と恐怖を、まるで今起きていることみたいに再現するんだ。
フラッシュバック。
ありがた迷惑な生存戦略ね、まったく。
『理解しましたか? この記憶を消そうとする行為は、脳にとって「安全装置を外して地雷原を歩け」と言うに等しいのです』
『じゃあ、どうしろって言うのよ。一生、このトラウマを抱えて生きろって? それこそストレスで早死にするわ』
あたしは脳内で叫ぶ。
涙が出そうだった。
進化の過程で手に入れた機能が、逆にあたしを苦しめているなんて。
皮肉にもほどがある。
『そこで、提案があります』
AIの声色が、少しだけ変わった気がした。
商売人のトーンだ。
『消去(デリート)はできません。ですが、上書き(オーバーライト)による「印象の減衰」なら可能です』
『上書き?』
『扁桃体が騒いでいるのは、その記憶が生々しい感情とリンクしているからです。ならば、記憶が定着する前に、論理的思考(ロジック)で脳のCPU使用率を100%埋め尽くし、感情が入る隙間を物理的に奪ってしまえばいい』
視界のサバンナが消え、代わりに現れたのは、無機質に発光するワイヤーフレームのボード。
64のマス目。
『チェス、ですか?』
あたしは呆れた。
『ただのチェスではありません。超高速思考戦(バレット)。持ち時間は1分。考える暇を与えません。わたしがあなたの扁桃体(本能)になり代わり、記憶を掘り起こす手を指します。あなたは前頭葉(理性)となって、それをねじ伏せてください』
『勝てばいいの?』
『勝ち負けではありません。没入(ダイブ)することです。あの夜の情景を再生するメモリすら残らないほど、思考を加速させてください』
やるしかない。
あたしは仮想の椅子に深く腰掛け、目の前のAI――見えない敵――を睨みつけた。
『開始(スタート)』
『e4』
AIが即座にポーンを突く。
――キングの前を開ける、王道のオープニングだ。
声が、脳内に直接響く。
『生存のためです。あの恐怖を記憶しなさい』
「c5!」
あたしは反射的に応じる。シシリアン・ディフェンス。
「生きるために、忘れるのよ!」
『Nc3』
ナイトが跳ねる。
『あの恥辱は猛獣ですよ。忘れたらまた食われる』
「d6!」
「今は令和よ! 猛獣なんて動物園にしかいない!」
ガツン、と脳内で駒がぶつかる音がする。
思考時間はゼロコンマ数秒。
迷えば、あの夜のワインの匂いが蘇る。
だから迷わない。計算する。
論理の壁で、感情の波をせき止める。
『f4』
AIが攻撃的な陣形を組む。
『元彼の冷笑を忘れて、また同じ失敗をする気ですか? 学習しなさい』
黒のビショップが、あたしの陣地を睨みつける。
嫌な位置だ。
まるで、あの時の元彼の、冷ややかな視線みたいに――。
(くっ、またフラッシュバックしかけた!)
ワインの赤色が、盤面に滲みそうになる。
「――Nf6!」
あたしは叫ぶように思考する。
(ああもう、昨日のヤケ酒が残ってて頭ガンガンする! こんなのと戦うならポカリ飲んでくるんだった!)
雑念を振り払い、駒を進める。
「学習したわよ! あんな男、こっちから願い下げだってね!」
『e5』
ポーンが突き進んでくる。圧迫感。
『強がっても無駄です。心拍数が上がっている。これは逃走反応だ』
「dxe5!」
ポーンを取る。
「逃走? 違うわ、これは迎撃!」
『fxe5』
取り返される。
盤上の戦争。脳内の内乱。
あたしの前頭葉(理性)が、オーバーヒートしそうなくらい回転しているのがわかる。
シナプスが焼き切れるような、焦げ付いた幻臭がする。
でも、不思議とワインの匂いはしない。
『Ng5』
AIのナイトが、あたしの急所に入り込んでくる。
『ほら、また守れていない。あなたは本能的に愚かだ。あの夜のように無防備だ』
「e6!」
ポーンで壁を作る。
「うるさい! あたしの脳みそから出ていけ!」
展開が速すぎて、息をするのも忘れる。
盤面が複雑になる。
計算が必要な局面になればなるほど、あたしの脳は「過去」を捨てて「現在(盤面)」に集中せざるを得ない。
赤ワインのシミも、嘲笑う声も、すべてが記号(コード)の彼方へ吹き飛んでいく。
『Qh5+』
クイーンが出た。チェック。王手だ。
『これで終わりです。屈服しなさい。恐怖こそが安全なのです』
目の前に、巨大な「恥」の怪物が立ちふさがるような威圧感。
でも、あたしには見えていた。
その一手が、AIの――扁桃体の焦りであることを。
「……g6!」
ポーンを突く。
ポーンを犠牲にして、クイーンを弾く。
『Nxg6? サクリファイス(捨て駒)ですか? リスクが高い』
AIの声に、初めて動揺が混じる。
「hxg6!」
あたしはルークを握りしめる(意識の中で)。
ポーンはくれてやる。
記憶の一部も、くれてやる。
でも、あたし自身(キング)は渡さない。
「リスク? 笑わせないで」
あたしは盤上のクイーンを睨みつけた。
「一生、過去の恥に怯えて暮らすリスクに比べたら、こんなの散歩みたいなものよ!」
あたしの指し手が、光の奔流となって盤面を駆け巡る。
論理が感情を凌駕する。
前頭葉が、暴走する扁桃体を完全に掌握した瞬間だった。
…‥・‥…
プシュウウウ……。
空気が抜けるような音と共に、ポッドのハッチが開く。
あたしはゆっくりと体を起こした。
ひどい頭痛がする。
まるで三日三晩、徹夜で数式を解き続けたみたいだ。
Tシャツが汗で張り付いている。
「気分は?」
白衣を着たオペレーター――AIじゃなくて人間だったのか――が覗き込んでくる。
あたしはぼんやりと、記憶を探った。
三日前の夜。
パーティ。
元彼。
転倒。
ワイン。
……覚えている。
事実は、覚えている。
でも、それだけだ。
胸を締め付けられるような動悸もなければ、顔から火が出るような恥ずかしさもない。
まるで、他人から聞いた「つまらない失敗談」を、古い新聞記事で読んでいるような気分。
「昨日のランチにサンドイッチを食べた」という記憶と、大差ない解像度。
枯れたテキストデータ。
「……不思議ね」
あたしは呟いた。
「あんなに死にたいくらい辛かったのに。今は、ただの『盤上の配置図(ポジション)』って感じ」
「成功ですね。扁桃体の緊急アラームを解除し、通常の長期記憶として倉庫に放り込みました。もう、フラッシュバックに怯えることはありません」
あたしはポッドから這い出し、大きく伸びをした。
生き延びた。
あたしの脳みそは、あたしを生き延びさせるために恐怖を刻み込もうとしたけれど。
あたしの理性が、それをハックして乗り越えたんだ。
「ありがとうございました。……で、お会計は?」
「こちらになります」
提示された金額を見て、あたしは再び脳の奥がカッと熱くなるのを感じた。
扁桃体が、活動を再開する。
今度は「恥」じゃなくて、「経済的危機」に対する生存本能の警報(アラーム)だ。
ウーウー、カンカン!
預金残高が死ぬぞ!
「……ねえ、この『金欠の恐怖』を和らげるオプションはないの?」
あたしは震える声で聞いた。
「働いて稼ぐのが、一番の特効薬ですよ」
オペレーターは、あのAIみたいににっこりと笑った。
「あるいは、もう一局指しますか? 追加料金で」
冗談じゃない。
あたしは溜息を一つついて、クリニックの自動ドアをくぐった。
外は眩しいくらいの晴天。
ビル街の窓が、どれもこれも四角いマス目に見える。
……いけない。
無意識に、右手の指が動く。
あのオフィスの窓、ナイトを飛ばせば取れる。
あそこの看板はルークで串刺しにできる。
日常の風景が、モノクロームの戦略図に塗り替わっていく。
とりあえず、家に帰ろう。
進化ってやつは、いつまで経っても現実に追いついてこない。
マンモスからは逃げられても、月末の請求書からは逃げられないようにできているんだもの。
あたしは頭の中で、来月の家賃という新たな強敵に対して、苦し紛れのオープニング・ムーブを考え始めていた。
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