260131マリア・カフェ 「キリスト教は死とどう向き合うのか」
Автор: 片柳神父のチャンネル「道の途中で」
Загружено: 2026-02-02
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資料テキスト:
出典略記号: KS 『こころの深呼吸』
YO 『やさしさの贈り物』
KM 『悲しみの向こう』
一.死とは何か
02:02 使命を果たす(YO 1012)
人間は、果たすべき使命を帯びてこの世界に生まれ、
その使命を果たし終えたとき天国に召されてゆきます。
与えられた使命に気づき、その使命を精いっぱいに果たすこと。
それがわたしたちの幸せです。
わたしは、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。今や、義の栄冠を受けるばかりです。(二テモ4:7-8)
08:54 芋虫から蝶へ(KS 1101)
芋虫から見れば、蝶になることは死。
芋虫が、死んだ仲間を思って「あいつはもう地面をはえない。
葉っぱを食べられない」と悲しんでいるとき、その仲間は蝶として空を舞い、花の蜜を吸っています。
人間の死も、それと同じかもしれません。
蒔かれるときは朽ちるものでも、朽ちないものに復活し、蒔かれるときは卑しいものでも、輝かしいものに復活し、蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。 (一コリ15:42-44)
13:28 時間からの解放(KM 1102)
永遠とは、気が遠くなるほど長い時間のことではありません。
永遠とは、時間から解放されるということ。
もはや変わることも、消え去ることもない愛の中で、完全に結ばれるということなのです。
この一瞬の中に、永遠を見つけられますように。
二.親しい人との別れ
16:14 それだけで十分 (未刊)
本当に悲しいときには、いまこの一瞬を、生きることだけ考えましょう。
他に何もできなくても、心配する必要はありません。
いまはただ、生きている。
胸が張り裂けるほどの悲しみに耐えながら、ただ呼吸をしている。
それだけで十分なのです。
18:10 悲しみの理由(KM 0124)
誰かとの別れが悲しくて仕方ないということは、その人と一緒にいた時間が
それだけ素晴らしいものだったということ。
それほどまでに素晴らしい時間を与えられたことを感謝し、思い出を心に深く刻むことで、悲しみを乗り越えられますように。
「マリアは墓の外に立って泣いていた。」(ヨハネ20:11)
「弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。」(ヨハネ20:19)
23:52 悲しみの絆(KM 0422)
亡くなった誰かを思って泣いている人は、心の中で亡くなった人と一緒に過ごしています。
深い悲しみは、亡くなった人と残された人を結ぶ確かな絆。
慰めようとするよりも、悲しみたいだけ悲しめるよう、黙って寄り添うことができますように。
26:30 消えない悲しみ(KM 0511)
愛する人を失った悲しみは、どれほど時間がたっても消えません。
その人を愛し続けている限り、その人と会えない悲しみはいつまでも残るのです。
いつまでも消えない悲しみを、永遠の愛の証として抱きしめることができますように。
28:50 より強い絆 (未刊)
「死別」と言いますが、死には、人と人を別れさせる力などありません。
むしろ、死は、人と人をこれまで以上に強く結びつけるもの。
胸を引き裂く悲しみと、こぼれ落ちる涙によって、二人の間に結ばれた絆は、永遠の愛に変えられていくのです。
29:50 悲しみと怒り (未刊)
大切なものを奪われたら、怒りがこみあげてくるのが当然。
失ったものへの愛が深ければ深いほど、怒りは大きくなるでしょう。
怒りも愛のひとつの形。
気が済むまで怒ったなら、その後には、きっと穏やかな愛だけが残るでしょう。
イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。(マタ27:46)
「イエスは怒って人々を見回し、彼らのかたくなな心を悲しみながら、その人に、『手を伸ばしなさい』と言われた。」(マコ3)
35:50 何よりのつぐない(KS 1102)
亡くなった家族に自分がしたことを悔やみ、自分を責め続ける必要はありません。
その方は、天国ですべての真実を知り、そうせざるを得なかったあなたの苦しさも知っておられます。
幸せな姿を見せて喜んでもらうのが、何よりのつぐないです。
39: 40 天国は心の中に(KM 1101)
誰かがこの世を去っても、その人がわたしたちに注いでくれた愛は、わたしたちの心の中で生き続けます。
この世を去った人が生きている場所が天国なら、天国は、会いに行けないほど遠い場所ではありません。
天国は、わたしたちの心の中にもあるのです。
41:34 必ずまた会える(KM 0325)
死んでいった人たちは、いま、天国の大きな喜びの中にいて、自分を見守っていてくれる。
いつか必ず、また会える日がやってくる。
そう信じることでのみ、乗り越えられる悲しみがあります。
その希望があるからこそ、わたしたちは生きてゆけるのです。
44:37 消えてなどいない (未刊)
亡くなった人が、もし本当に消えたのなら、どんなに愛を捧げても、それは虚しく返るだけ。
捧げた愛が、わたしたちの心を生きる力で満たすなら、それはその人が消えてはいないということ。
まだ生きていて、わたしたちを愛しているということなのです。
三.死と向かい合って生きる
46:28 感謝の祈り(KM 0929)
死ななければならないことを悲しむより、生まれてこられたことを感謝できますように。
別れなければならないことを嘆くより、出会えたことを感謝できますように。
すべては恵みであることを、いつも忘れずにいられますように。
「神さまが与えてくださるものは、何でも笑顔で受け取り、取り去られるものは、何でも笑顔で差し出しなさい。」(マザー・テレサ)
51:10 いまを大切に(YO 1122)
死を恐れてばかりいては、せっかく与えられた命を十分生きることができません。
死を恐れるより、生きているいまを大切にしましょう。
いつ死んでも悔いがないというくらい、いまを精いっぱいに生きましょう。
「あなたがたのうちのだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。」(ルカ12:25)
「明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。」(マタイ6:34)
52: 35 人生で一回だけ(KM 0328)
別れはいつやってくるか分かりません。
一つ一つの会話を、まるでその人と交わす初めての会話であるかのように、最後の会話であるかのように、人生で一回だけの特別な会話であるかのように、大切にすることができますように。
55: 30 人生との和解 (未刊)
「自分の人生はこれでよかったのか」という迷いは、「他の生き方ができたはず」という思い込みから生まれます。
「自分にはこの生き方しかなかった」と気づけば、精いっぱいに生きてきたこれまでの人生と、
和解することができるでしょう。
58:16 永遠に生きる(KM0221)
天国では、
先に亡くなった家族や友人が、「あなたは本当によくやった。
あなたがどれだけ頑張ったか知っているよ」と言ってわたしたちを出迎えてくれます。
わたしたちを愛してくれたその人たちとともに永遠に生きる。
それが死ぬということなのです。
60:36 命のリレー(KM 0712)
命は一つの壮大なリレー。
バトンを受け取ったら、自分なりに精いっぱい最後まで駆け抜け、次の人にバトンを渡して去る。
そして、今度は天国から、いまバトンを持って駆けている人を全力で応援するのです。
命のリレーに終わりはありません。
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