飼い葉桶で生まれたイエス様
Автор: 国立ナザレン教会
Загружено: 2025-12-14
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飼い葉桶に生まれたイエス様
ルカ2:1〜7、ヨハネ1:9〜12
【今日のメッセージ要旨】
【マリヤとヨセフ】
ルカは、当時の歴史書の書き方に従い、この福音書を記す。
それは救い主の誕生が、作り話ではなく歴史的な事実であることを強調するため。
住民登録:ヨセフは、ダビデ王家の血筋を引くためベツレヘムにて。
ナザレ〜ベツレヘム:道のりで150km、高低差700m。
住民登録は男性だけ。なぜマリヤを連れて行ったのか? (申22章)石打ちにされてしまうから。
「宿屋」:「客間」(口語訳、ルカ22:11)
マリアは臨月であるにもかかわらず、共同体からも、親族からも受け入れられず、居る場所がない。
イエス様の生まれた場所:洞穴?(映画『マリヤ』) 馬小屋?(当時、軍馬のみ) 家畜小屋?
羊飼いたちは、急な悪天候に備えて、荒野に避難所を設けていた。
妊婦としては、何の守りもないまま出産をすることになる。
マリヤは「その子を布にくるんで飼葉桶に寝かせた。」それぐらいしかしてやれなかった。
飼い葉桶:木で出来た桶ではない。石のくぼみに干し草などを入れた台。
イエス様の置かれた「飼い葉桶」=私たちの心を象徴。
きたなくよごれた罪の心。冷たくかたくなな石の心。 そこにイエス様が置かれた。
【ヨハネの福音書から】
「すべての人を照らすそのまことの光が、世に来ようとしていた。
この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。」
イエス様は「飼葉おけ」に寝かされた。 人としての尊厳や価値を認めてもらえない。
生涯に渡って居場所がなかった。
「狐には穴があり、空の鳥には巣があるが、人の子には枕する所もありません。」(9:58)
人々はイエス様の、本当の姿「神の子・救い主」であることを認めようとはしなかった。
だからこそ人々は、愛なるきよいお方・栄光の主イエスを、最後に十字架に付けた。
【現代の私たちはどうか?】
「この方はご自分のところに来られたのに、ご自分の民はこの方を受け入れなかった。」
全世界の王イエス・キリストは、2000年前だけではなく、今もこの世の中に居場所がない。
商業主義のクリスマス:サンタクロースとプレゼント:けれどそこにはイエス様がいない。
豪華なイルミネーション:けれどそこにはイエス様の居場所がない。
私たちも思い巡らそう。このクリスマス、イエス様の居場所はどこにあるのか・・・。
【招き】
「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権をお与えになった。」
イエス様の居場所=「この方を受け入れた人々」の心の中。 つまり「あなたの心の中」。
「イエス様、私の心に来てください」と心から願い祈る時に、イエス様に居場所が与えられる。
私たちの中にも「自分には居場所がない…」と思っている方もいるかもしれない。
「誰からも認められない。理解されない。この世から居なくなってしまいたい…」
でも考えてみよう。イエス様がどのようなお方だったかを。
神様のあり方を捨て、低くなられた神。この世に来られた時、受け入れてくれる人も無く、居場所も無く、飼い葉桶に生まれたイエス様。だからこそ、あなたのことを深く理解してくださる。
「あなたの心の中に住みたい」「一緒に生きたい」と願っておられる。
「私の心に来てください」と祈る時に、イエス様が「私の居場所だ」と喜んで来てくださる。
そして、私たちを「神の子ども」とする特権を与えてくださる。
私たちの心に住んで、私たちを平安と愛で満たし、愛を溢れ流れ出るようにしてくださる。
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