【哲学道場③】「世界があるから人間がいる」のか「人間がいるから世界がある」のか?関氏 vs 市川氏、止まらない激論の行方
Автор: トビライト
Загружено: 2026-02-18
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市川存在論をめぐる対談シリーズ第3弾です。
休憩を挟んで意見が一致したかと思いきや、関氏と市川氏の議論はさらにヒートアップ。「間主観性(みんなが共通して持っている認識)」と「実在(実際にそこにモノがあること)」、どちらが先なのか?という究極の問いについて、全く異なる視点から語り合います。
【議論のポイント:どっちが先?】
1. 関氏の主張:「認識」が全てを作る
関氏は、「私たちが『ある』と認識し、みんなで納得(共有)するからこそ、その存在は成り立つ」と主張します。
親の存在について: 親が実際にそこにいることよりも、社会の中で「これが親だ」と学習し、関係性を築くこと(認識)が先立つ。
科学や歴史も同じ: 「科学的に正しい」とか「コロンブスが発見した」という事実も、その時代の専門家や社会が「そうだ」と同意した(間主観性)に過ぎない。だから、時代が変われば「コロンブスは侵略者だった」と事実そのものが変わることもある。
結論: まず「共通の認識(間主観性)」があり、その上に物理的な「実在」や、可能性としての「虚在」が乗っかっている。
2. 市川氏の反論:「実在」がないと始まらない
市川氏は、関氏の意見に対し「堂々巡りではないか?」と鋭く切り込みます。
生物としての人間: 「認識するのは人間だよね? じゃあ、その人間はどこから生まれたの?」と問いかけます。親が物理的に存在し、子供を産まなければ、認識する脳みそも心も生まれないはず。
コミュニティの矛盾: 「共通認識を持つためにはコミュニティが必要だ」という関氏に対し、「いやいや、生身の人間が集まらないとコミュニティなんてできないでしょ」と反論。
結論: 認識どうこうの前に、まず物理的な事実(親や宇宙の歴史)が先行して存在しているはずだ。
【議論の結末と二人の関係】
議論は平行線をたどります。
「認識が先か(関氏)」、「実体が先か(市川氏)」。
お互いに譲らない展開ですが、二人の間には不思議な温かさがあります。「生きている間には結論が出ないかもしれない」「空の上(死後)に行ってから続きを話すことになるかも」と笑い合う二人。
普段なら「(第三者)」が入ってきて話が中断されるところですが、今回は二人きりでじっくりと深淵なテーマを語り合えた、貴重な記録となりました。
【こんな人におすすめ】
「現実とは何か?」という哲学的な問いに興味がある方
科学的な「事実」がどうやって決められているのか気になる方
二人の終わらない知的なキャッチボールを楽しみたい方
(ハッシュタグ案)
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