房総半島の海岸を歩く NO.23 沖ノ島・前編【千葉探訪】"美しい地層岩とシェルビーチの島"
Автор: さんにむ Sannimu (大浦三右衛門 Ooura San-emon)
Загружено: 2026-02-07
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今回 NO.23は、館山市沖ノ島・前編をご案内します。
前編では、島の南側~西側をご案内します。
島と言っても、現在は砂浜で陸続きになっています。
陸続きになった原因は、関東大震災の影響を受け地盤が隆起したことにより、潮の流れが変化して
本土(陸地)と沖ノ島との間に砂が堆積するようになり現在の陸繋島(地続き)が形成されました。陸繋島は「りくけいとう」と読みます。これは砂州(さす)によって陸地とつながった島のことです。沖ノ島(沖ノ島公園)は、千葉県の南に位置する南房総館山湾の南側に位置する高さ12.8m、面積約4.6ha周囲約1kmの陸続きの小島(陸繋島)です。
砂浜で貝殻を拾っている方がいました。
沖ノ島では、約50種類のタカラガイの打ち上げが確認されているようです。
島の南側海岸を歩き進みます。
島の南側は、宇賀明神下まで歩きやすい海岸が続きます。
島の西側に近づいてくると地層がはっきりと見えてきます。
ここから先(宇賀明神入口から先50m)は、足元が危険な岩場なので引き返します。
・宇賀明神
宇賀明神は嘉保3年~康和元年(1096年~1099年)に掛けて安房國司として赴任した「源親元(みなもとのちかもと)」が安房國の発展を願い、嘉保3年(1096年)、倉稲塊命(うかのみたまのみこと)を歓請し、鷹ノ島の弁財天と共に建立したとされています。倉稲塊命は五穀を司る神として平安時代以降、絶えること無く人々の厚い信仰を受けてきた、あらゆる産業の神と言われています。
・見渡せない展望台
南側だけは何とか望むことができました。
・岩の谷
洞窟までの通路になっています。
この洞窟は、戦時中に掘られたものです。沖ノ島は、東京湾入口の見張り場になっていました。
・島の西側海岸
南西は、岩場ですが西側中央部は砂浜になっていて、沢山の貝殻が打ちあがっていることから
貝殻の浜(シェルビーチ)という名が付けられています。
沢山の貝殻の中からタカラガイを見つけました。
宝探しをしていると時間が過ぎることを忘れてしまいます。
島の北側~東側は、後編(NO.24)をご覧ください。
房総半島の海岸を歩くNO.23 は、これで終わります。
Повторяем попытку...
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