大野神社 埼玉県鴻巣市大間
Автор: なにぬねの
Загружено: 2026-02-07
Просмотров: 7
Описание:
大野神社
埼玉県鴻巣市大間
no.0123
もともと氷川神社を称したため
須佐之男命と大国主命を主祭神とし
明治40年(1907年)に
津門(つと)社を合祀した際に
大間と中野の地名を合わせて
大野神社と改称したという
なお津門社とは
兵庫県西宮市を本社とし
『日本書紀』によれば
第15代応神天皇37年(306年)に
阿知使主(あちのおみ)が中国南部の
呉に派遣された際に
連れ帰った機織り技術者のうち
漢織(あやはとり)、呉織(くれはとり)の
2人の女性が自らが祭祀する
大日如来をお祀りしたことが
起源とされる
当社の創建は天慶元年(938年)
嵯峨源氏の源仕(みなもとの つこう)が
大己貴命の御神託を受けて
建立したという
源氏には天皇別に21の流派があり
源仕は第52代嵯峨天皇の第12皇子で
従一位左大臣として太政官首班となった
源融(みなもとの とおる)の
末裔とされる
源融は小倉百人一首の
河原左大臣として
陸奥(みちのく)の しのぶもぢずり
誰(たれ)ゆゑに
乱れそめにし 我ならなくに
奥州信夫(しのぶ)郡の
乱れ模様の染め布のように
落ち着かない恋心は
いったい誰のためなのでしょう
と詠んでいる
源融は奥州と関係深く
陸奥出羽按察使(あぜち)として
宮城県塩竈市に暮らした伝説があり
自らの邸宅・六条河原院でも
塩竈の風景を模した庭園を築き
塩竈の塩田のように
海水を取り寄せて塩を焼かせた
とも言われる
そんな祖先を持つ源仕は
当地、箕田(みだ)源氏の祖となり
子の源宛(みなもとの あつる)は
平将門の父・平良文と
一騎打ちした説話が『今昔物語集』に
記載されている
孫の渡辺綱(わたなべの つな)は
清和源氏・源頼光(よりみつ/らいこう)の
配下である頼光四天王として
大江山の酒呑童子退治に活躍した
伝承がある
長元3年(1030年)には
源頼義が平忠常の乱鎮圧のため
当社に獅子頭をかけて
戦勝祈願したとされる
文禄年間(1592〜96年)には
後北条氏配下の道祖士満兼(みつかね)が
当社を再建し
江戸時代には本習院が
別当を務めたという
なお江戸時代の当地
足立郡大間村は旗本領で
林又三郎知行195石
西尾鉄之助知行351石
足立郡中野村は
現・鴻巣市と現・さいたま市の
2ヶ村が存在し
両者の判別がつかなかったが
いずれも旗本領で
日下部松三郎知行111石
または
青木五十五郎(いそごろう)知行89石
だったという
Повторяем попытку...
Доступные форматы для скачивания:
Скачать видео
-
Информация по загрузке: