鹿屋地下壕第一電信室
Автор: AQUA academy
Загружено: 2023-07-06
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絶対国防圏であったグアム・サイパンをアメリカに奪われてしまい、アメリカの機動部隊は沖縄を目指し、新型爆撃機B-29が日本本土上空を飛び回ることになってしまった1945年。
日本の航空隊は本土防衛のためB-29を迎撃しようとする部隊と沖縄に展開するアメリカ艦隊に対して特攻する部隊とがあったが、圧倒的割合で特攻する部隊がほとんどとなっていた。
攻撃目標が沖縄であるからには航空隊基地のほぼ全てが九州となり、九州全土の航空隊基地から様々な残存機が片道の燃料で飛び立っていった。
その特攻基地であった跡地である4つの場所に、現在は祈念館や記念館、資料館として当時の資料を展示して現代の人々に伝えているが、可哀想だとか、悲しいとかの気持ちで見せているのではなく、当時の状況で考えられる限り最善の方法で、愛する家族のために戦った方たちのお陰で、今の自分たちがあり、平和に日本で暮らすことができているという感謝の気持ちで各地を訪れるべきではないかと思っている。
そんな特攻機が出撃した基地の一つ。
鹿屋の串良基地から飛び立った特攻機が、無線でモールス信号を送っていた通信基地だった場所が今も残っている。
常時管理されているわけではないので、入場料金などはいらないのだが、朝9時から入口が開けられることになっている。
鹿屋地下壕第一電信室は思ったより深く掘り下げられて作られ、直撃で爆弾を落とされても壊れないだろうと思う堅牢な作りとなっていた。
それにしても攻撃目標までたどり着くことでさえ難しい、敵からの攻撃を掻い潜り狙いを定める。
そこまで辿り着いてもまだまだ敵艦に突入することが決定したわけではないというのに、その最中にモールス信号を打てっていう指示は必要なのか。
片手で操縦桿を握り、片手はモールス信号機。
そのせいで突入失敗だった例も必ずあるに違いない。
この地下壕でモールス信号を受けていた電信員たち。
特攻で飛び立った彼らの最後を確認することになるわけだが、そんな役割も辛い仕事だったことだろう。
#鹿屋地下壕第一電信室#串良基地#特攻#アクアアカデミー
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