亡き人が教えてくれる慈悲の心 (ショート法話648)
Автор: YouTube仏教法話 北海道岩見沢市・幌向善光寺 ~北の寺からch~
Загружено: 2026-03-06
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北海道岩見沢市幌向 浄土宗西山禅林寺派「善光寺」 大久保瑞昭住職による短時間で聞けるショート法話です。 #仏教 #浄土宗 #西山派 #法話 #お経 #念仏 #北海道 #岩見沢 #幌向
※当・善光寺は、檀家さんより、年間、維持費として一万円、十夜法要への寄付金として五千円~をいただいております。
※当・善光寺では、いったん檀家になり、それを辞める場合でも、他の多くの寺院と同様に、「離檀料(りだんりょう)」は必要ありません。
※随時、御朱印を承っています(要予約)。
先日、あるお婆さんのお葬式をお勤めいたしました。
そのおばあさんは、近くにお子さんがいらっしゃって、そのお子さんが働いている時には、そのお子さんの子であるお孫さんの面倒をみてらっしゃったのだそうです。
しかも、そのお孫さんというのは十数人いらっしゃったので、一時は、そのおばあさんのお宅は、「まるで保育園みたいだね」と言われていたそうです。
そういうおばあさんのお葬式で、ご遺体は、ご自宅に戻られたので、そこで、枕経となりました。
そうして、枕経の読経が終わって、亡くなったおばあさんのことを色々とお尋ねいたしますと、皆さん口々に、「育ててもらった」とか「お世話になった」とか「おいしい料理を作ってくれてそれを食べるのが楽しみだった」とおっしゃるのです。
それから、次の日にお通夜、そしてその翌日にお葬式とお勤めしたのですが、いささか抽象的な表現になるのですが、お参りされた皆さんの雰囲気が、「お世話になった」という思いがあふれ出ているようで、それが、こちらにも伝わってきたのですね。
その時に私は、「ああ、このおばあさんは、こんなにも慕われていたのだなあ」と実感したのです。
ここのお宅は、田舎のお宅ではなくって、ちゃんと、都会のど真ん中のお宅なのですが、その後の、七日七日の法要もどうされるのかなあと思っていたら、「もちろん、七日七日もお願いします」ということだったのですね。
とにかく、ご遺族が、そのおばあさんのためなら、どんなことでもしてあげたい、という思いが一杯で、法要も一つも省略することなく、きちんと、丁寧に、お勤めされているのです。
よく、「現代は、宗教心が薄れ~」っていうことを言いますが、これは、「宗教心」ではなくて、「人間同士の関係性の強弱」なのですよね。
親子や家族間のつながり、関係、思い、が強いか弱いかによって、法要に臨む姿勢も変わってくる、ということです。
「なぜ、お通夜に亡き人の側に付いて、一晩を明かすのか」というのは、諸説ありますが、古くは、「夜」自体が「恐ろしいもの」という認識があって、その恐ろしい夜を、亡き人一人に過ごさせるのは、可哀想だ、という思いから始まった、という説があるそうです。
その先日お葬式をお勤めしたおばあさんのご家族は、皆さん、「おばあちゃんのためなら」という思いをお持ちでした。
そういう姿を、私、目の当たりにして、「人を思う心」というのは、私たちが、自然と、自動的に、獲得するものではないのだなあと思いました。
おばあさんが私のために色々してくれたことによって、私は、「他者のことを思う」ということを学ぶことができた。
おばあさんが私にしてくれたように、今度はおばあさんにそれをお返しする。そして、その気持ちを、「他者」へと広げて行く。
本来、私たちは、「自己中心性」という煩悩を抱えていますから、放っておくと、「自分のこと」しか考えられないのです。
だからこそ、「自分」ばかりではない、「他者を思う心」は、学んでいかなくてはならないのですね。
仏さまの御心は、「慈悲」の御心です。
相手を第一とし、相手の悲しみを、相手と同じように悲しむ心です。
仏さま、ご先祖様、亡き人に向かう時、その時間は、「自分」ではなく、「あなた」のために手を合わせています。
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