太っているのは食べ過ぎだから?炎上から得た学びについて精神科医が語ります。
Автор: 精神科医 芳賀高浩
Загружено: 2026-03-16
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こんばんは。精神科医の芳賀高浩です。今日は訪問診療の合間に、どうしても皆さんと共有したいことがあり、動画を回しています。テーマは「コンプレックスとは何か」というお話です。
この話をしようと思ったきっかけは、私がXで少し炎上したことでした。私は、気づいたことがあると、つい皆さんと共有したくなってしまう性分です。自分の中で「なるほど、これは大事なことかもしれない」と思ったら、それを言葉にして伝えたくなるんですね。今回もまさにそうでした。
私は先日、「太る原因は結局、食べすぎだ」という趣旨の投稿をしました。もちろんこれは、誰かを攻撃したかったわけではありません。むしろ自分自身への戒めとして書いたものでした。私はもともと非常に太りやすい体質です。気を抜けばすぐ体重が増えてしまう。実際、節制しなければ100kgくらいまで簡単にいってしまうだろうという実感があります。
しかも私は、太りやすい条件をいくつも抱えています。アレルギーが強いためステロイドを使うことがありますが、ステロイドは食欲を増やします。抗ヒスタミン薬も同様に、食欲に影響することがあります。さらに、私は気分の波が大きく、動けるときはよく動くけれど、動けないときは家でごろごろしてしまう。年齢的にも代謝は落ちてきます。そうなると、同じように食べていても太りやすくなる。だから私は、「いろいろ事情はあるけれど、それでも結局は摂取カロリーが消費カロリーを上回るから太るのだ」と、自分に言い聞かせるような意味で投稿したんです。
ところが、その投稿に対してたくさんの批判が来ました。中にはかなり厳しい言葉もあり、DMで殺害予告まがいのものまで届きました。「精神科医をやめろ」「医者失格だ」といった言葉もありました。正直、最初は腹が立ちました。私だってただの人間ですから、「なんだそれは」と思いました。
でも、時間がたってから、そこから見えてきたことがあったんです。それが今日お話ししたい「コンプレックス」の話です。
私には、自分の中で「嫌だな」と思っていることが三つあります。一つは太りやすいこと。もう一つは髪が薄いこと。そしてもう一つが、肌が赤くなりやすく、荒れやすいことです。私はアトピー性皮膚炎があり、日光アレルギーもあります。日焼け止めを塗らずに外にいると、腕も顔もすぐ赤くなってしまう。卵などで悪化することもある。ちゃんと対策をすれば少しはましになるのもわかっている。でも、面倒だったり、しんどかったりして、完璧にはできないことがあるんですね。
この三つの中で、実は人に言われて一番嫌なのは、太っていることでもハゲていることでもなく、「肌が赤いですね」「肌が汚いですね」と言われることなんです。これは本当に嫌なんです。自分でもわかっているし、対策も頭ではわかっている。日焼け止めを塗ればいい、アレルゲンを避ければいい、そんなことはわかっている。でも、それを他人に正面から言われると、ものすごく腹が立つ。なぜかと言えば、そこが私のコンプレックスだからです。
つまり、人は自分の欠点をいくつも持っているけれど、そのすべてがコンプレックスになるわけではない。他人に指摘されたときに、特に強く傷ついたり、腹が立ったり、「触れられたくない」と感じたりするところ。それがコンプレックスなのではないか。私は今回の炎上を通じて、そう気づきました。
そして同時に、私の「食べすぎで太る」という言葉に強く反応した人たちの中には、「太ること」がコンプレックスになっている方が少なからずいるのだろうとも感じました。それ自体は理解できます。実際、精神科の患者さんの中にも、体重増加に悩んでいる方はたくさんいます。薬の副作用で太りやすくなる人も多い。病状によって活動量が落ち、結果的に体重が増える人もいます。その苦しさは本当によくわかります。
ただ、ここで私がどうしても言いたいのは、「薬のせいで太る」「病気のせいで太る」という表現で思考停止してしまってはいけない、ということです。もちろん、薬は食欲を増やします。代謝を落とすこともあります。精神症状によって活動量が下がることもある。ですが、それでも体脂肪が増えるという現象は、最終的には「消費カロリーより摂取カロリーが多い」という形で起きています。言い方を変えれば、「今の自分の代謝量に対して相対的に食べすぎている」ということです。
ここを曖昧にして、「薬のせいだから仕方ない」「病気のせいだからどうしようもない」とだけ言ってしまうと、その先の対策が立てられません。もし本当に困っているなら、そこから先を一緒に考えなければいけない。どうすれば食欲に振り回されにくくなるのか。どうすれば摂取カロリーを調整できるのか。どうすれば活動量を少しでも上げられるのか。そういう具体的な問題解決に向かわなければ、支援にはならないと私は思っています。
私は精神科外来でも、患者さんの「耳の痛いこと」を言うことがあります。もちろん、ただ傷つけたいわけではありません。馬鹿にしたいわけでもありません。ですが、患者さんの中に、明らかにその人を苦しめている考え方の癖や、改善の余地がある行動パターンが見えたとき、それを何も言わずにただ「つらかったですね」「大変でしたね」だけで終えるのは、私は違うと思っています。
たとえば、「友達が自分抜きで遊びに行っていた。だから仲間外れにされた。だから死にたい」というふうに短絡的に考えてしまう患者さんがいたとします。そのときに、まず必要なのは寄り添いだけではなく、「その考え方はかなりしんどいし、飛躍があるよね」と一緒に確認することではないでしょうか。なぜそう思ってしまうのか。別の解釈はないのか。そこからどう考え直していくか。それを一緒にやるのが精神療法の一つだと、私は考えています。
世の中では、「患者さんを傷つけないように」「とにかく寄り添って」ということが強調されがちです。もちろん寄り添いは大事です。患者さんの苦痛や背景を理解しようとすることは絶対に必要です。でも、寄り添いが目的化してしまってはいけない。寄り添いはあくまで手段です。その先に問題解決がなければ、「話は聞いてくれたけれど、何も変わらなかった」「精神科に通っても意味がなかった」という感想につながってしまうのではないか。私はそこをとても危惧しています。
今回の件で、医療者から「食べすぎで太るなんて言うのは間違っている」と批判されたことにも、私は強い違和感を持ちました。「言い方がきつい」「患者さんを傷つける可能性がある」という批判なら、まだわかります。でも、「それ自体が医学的に間違っている」と言われると、それは違うでしょう、と言いたくなる。精神科の薬で太るのも、結局は食欲増加や代謝低下を通して、エネルギー収支がプラスになるからです。そこを見ないふりして「薬のせいです」とだけ言うのは、患者さんのためにならないと私は思います。
私は、患者さんの力になりたいんです。だからこそ、ただ優しくするだけで終わりたくない。必要なら耳の痛いことも伝えたい。そのうえで、一緒にどうしていくかを考えたい。寄り添いとは、相手の気分を害さないことではなく、相手の問題解決のために責任をもって関わることだと、私は思っています。
今回の炎上から、私は二つのことを改めて考えました。一つは、コンプレックスとは、人に指摘されたときに強く反応してしまう、自分の痛いところなのだということ。もう一つは、支援者は「寄り添っているつもり」で満足してはいけないということです。問題解決のために、本当のことをどう伝えるか。どうすれば相手が受け止めやすくなるか。その工夫こそが必要なのだと思います。
寄り添いだけで終わっていないか。患者さんの問題解決のために、本気で関われているか。これは、私自身も含めて、支援者みんなが自問すべきことなのではないでしょうか。
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